担当クラスHOP/STEP/JUMP
プロフィール
兵庫県神戸市生まれ。
4歳から6歳までの2年間を米国で暮らす。
多様な人種・民族や文化の中で自分の意見を持ちながらも、お互いの違いを認めあう文化の中で、相手のことを聞く、自分の意見を伝えることの大切さを肌で体感。
神戸高専→広島大学卒業後、大手建設コンサルティング会社にて主に防災教育事業や、住民ワークショップ等の業務に携わり、2011年から現職。
私がRAKUTOをやっている理由は、3人の先生に出会ったから。
6歳のとき、アメリカの日本語補習校で。
その先生は私に紙芝居を読ませてくれました。
「やれる」と言ったらなんでもやらせてくれ、絵を見て「上手いね」じゃなく、「よく見てるから、こんなふうに描けるんだね」と言ってくれました。
結果じゃなく、私の中にあるものを見てくれた大人でした。
アメリカの現地校では言葉がわからず、学校に行くのが嫌でしょうがなかったのですが、週1の土曜日、日本語補習校は自信をなくしかけていた私にとって防波堤でもありました。
小学6年生のとき。
担任の先生、毎時間クラスで話し合う、RAKUTOのような授業をしていました。(しかも36人学級でです!)
毎日、毎日、先生が話す時間より、生徒が話す時間の方が長くて、毎日ワクワクで登校した1年間でした。
沈黙も待てる人で、カリキュラムが遅れようが、自分の信念でクラスを動かす先生でした。
あの教室で私は初めて、自分の意見を持つ楽しさ、みんなで学ぶ醍醐味を知りました。
高専で、橋梁工学の先生に。
企業から来られた実務畑出身で日本の名だたる大型橋梁を手掛けた方でした。
テキストは自分のエンジニア経験から作った手作りのもの、お値段は800円。
でも数万円の本より価値がありました。(20年経ちますが、今でも大事に取っています!)
口癖は「難しい計算ができなくてもいい。これはおかしい、まずい!に気づける勘所を磨け」。
後に鉄道・鉄鋼・建築など様々な分野に進んだ同期が口を揃えて言います。
「仕事で一番役に立ったのは、あの先生の教え」「今もテキストは置いてる」と。
仕事とどう向き合うかを学ばせてもらいました。
教わった知識は忘れます。でも、ものの見方・向き合い方・本質への勘所は消えない。
3人の先生が私に残してくれたのは、そういうものでした。
RAKUTOで私がやりたいのも、同じことです。
答えを渡すのではなく、その子の中にあるものを見つけて、どう引き出してあげるか。
賢くなったな〜、と感じる瞬間。対等に議論できる相手になった瞬間。
その瞬間のために、教室に立っています。
私自身も2人の子どもを育てながら、毎日この教室に立っています。だから保護者の皆さんが感じる迷いも、焦りも、他人事ではありません。
一緒に考えましょう。お子さんの中にある可能性を、一緒に見つけませんか。
保護者さまへのメッセージ
能力が上がるとき、脳の中では新しい回路が作られていきます。
そして、最も脳の回路ができるのは興味のあることに没頭している時、好奇心をもって何かを学んでいる時、つまり脳が「楽しい!」と感じている時なのです!
だからRAKUTOの授業は「楽しい!」が当たり前なんです。
勉強が得意な子たちは、みんな「勉強って面白いよね?」なんです。
できるから楽しいのではなく、楽しいからできるようになったんですね。
RAKUTOは学校だけではなく、大人になってからも学び続けて、自分のやりたいことをどんどん実現するお子さんを送り出します!
